百物語

 

 古くから「百物語」と呼ばれるイベントがあり、100本のロウソクを灯し、寄り集まった人が一話ずつ怖い話を披露し、話が終わると一本ずつロウソクの火を消していく。100本目のローソクが消されると本当に恐怖の世界が広がると言われました。

 転じて、夏の納涼のため怪談話を中心にした落語の公演を「百物語」と呼びました。

 向島に住んでいた文豪森鴎外の作品「百物語」は、新橋から舟で寺島村(百花園の所在する旧地名)に渡り、百物語の会をのぞき見るという粗筋ですが、明治期には百花園でもよく百物語の会が開催されていました。

 百花園が創設された文化文政時代に、確立したと言われる落語。

 この度、百花園の創設200年にあたり、江戸文化の典型ともいえる落語を、「百物語」の趣向で再現することは、江戸の庶民文化の結実とも言われる百花園にとっても意義ある試みといえます。

初日 (8月23日)

中日 (8月24日)

千秋楽 (8月25日)

 

夏の夜噺   百物語の夕べ (初日)

      十八時半開演

一、開口一番      鈴々舎 馬るこ

一、お化け長屋     古今亭菊朗

一、唐茄子屋政談    古今亭円菊

      お仲入り

一、幾代餅        古今亭円菊

       大 入 叶

古今亭円菊(ここんていえんぎく)

昭和三年 静岡県生まれ

昭和二十八年 吉今亭志ん生に入門。前座名、生次。

昭和三十一年 むかし家今松で二つ目。

昭和四十一年 真打ち昇進。 二代目古今亭円菊を襲名。

昭和五十六年 手話落語を軸とした二十年以上のボランティア活動に対し厚生大臣賞受賞。

ななくき会の古くからの会員として、御成座敷で最も多く落語を演じている噺家である。

古今亭菊朗(ここんていきくろう)

昭和四十六年 広島県生まれ。

平成六年 古今亭円菊に入門。前座名、菊朗。

平成十年 菊朗のまま二つ目。

   同年 岡本マキ賞受賞。

平成十五年 NHK新人演芸賞、落語部門大賞受賞。

    同年 若手落語家競演会(北とびあ) 大賞受賞。

 平成十六年 若手落語家選手権、優勝。

夏の夜噺 百物語の夕べ (中日)

         十八時半開演

一、開口一番       前  座

一、ろくろ首       立川談修

一、すねかじり     立川談幸

     お仲入り

一、死 神        立川談幸

          大 人 叶

立川 談幸(たてかわだんこう)

昭和二十九年 東京・新宿生まれ。

昭和五十三年 立川談志に入門。前座名、談吉。

昭和五十七年 立川談幸で二つ目。

昭和六十二年 真打ち昇進。

埋もれた噺の復活を手掛ける「愛づらか百選」、伝統文化を紹介する 「文化寄席」 などを開催。

向島百花園御成座敷では講釈師の宝井琴調と二人会 「幸調会」 を開催している。

立川 談修(たてかわだんしゅう)

昭和四十八年 千葉県生まれ。

平成七年 立川談志に入門。前座名、談修。

平成十五年 談修のまま二つ目昇進

前座時代は向島百花園御成座敷で開催きれている墨東名人会で前座をつとめた。

夏の夜噺  百物語の夕べ (千秋楽)

         十八時半開演

一、開口一番        鈴々舎馬るこ

一、船 徳       五街道佐助

一、鈴振り       立川龍志

     お仲入り

一、不動坊       立川龍志

          大 入 叶

立川 龍志(たてかわりゅうし)

昭和二十三年 東京・向島生まれ。

昭和四十五年 立川談志に入門。前座名、金志。

昭和五十一年 金魚家錦魚で二つ目。

昭和六十二年 真打ち昇進。立川龍志となる。

平成三年 国立花形演芸会にて、金賞を受賞。

独演会、 「四季の会」 を年四回開催。

五街道 佐助(ごかいどうさすけ)

昭和四十四年 広島県生まれ。

平成五年 五街道雲助に入門。前座名、わたし。

平成九年 五街道佐助で二つ目。

平成十一年 若手落語家競演会。(北とぴぁ) 奨励賞。

現在、墨田区向島在住。