ブログ | 2015/02/17 | レポート

2月11日(水・祝)「向島スタディーズ2015+交流サロン」リポート

2月11日に一寺言問集会所において、「向島スタディーズ2015+交流サロン」が開催されました。

当日のプログラムは3部構成。第1部ではアーティストの村山修二郎さんによる「京島路地園芸術祭」の活動報告が行われ、2007年から2014年に至る墨田区の路地の植生をテーマにしたアートプロジェクトについて、特に「墨東まち見世」で行った「路地園芸術祭」を中心に、ていねいに活動を振り返っていただきました。

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村山修二郎 京島路地園芸祭報告

住民が路地で育てる植物は、地域の中で大切なコミュニケーションツールとも言うべき存在。「京島路地園芸術祭」は、まちあるきや人気投票、地元の子どもとのワークショップなどを通じ、その魅力にスポットを当てるプロジェクトでした。このプロジェクトに村山さんと二人三脚で取り組んだのが、長年京島のまちづくりに尽力し、惜しくも昨年お亡くなりになった向島学会の理事・藤井正昭さんでした。藤井さんの好きだった路地の写真をスライドで紹介しながら「将来、彼のような人になりたいと思いました」と村山さん。今年の春から京都造形大の講師として、家族とともに京都に移りますが、これからも折りをみて向島での活動を続けて行きたいと話されていました。なお、当日の午前中は、村山さんの案内で「路地園芸術さんぽ」も行われ、小春日和のお天気のもと、10名ほどの参加者とともに京島や曳舟界隈の路地を散策しました。

01.jpg 村山修二郎 路地園芸さんぽ

第2部の「向島スタディーズ2015」では、筑波大学の院生・竹淵翔太さんと、明治大学の院生・介川亜紀さんの研究発表が行われました。

竹淵さんの研究「主体の比較からみたまちなみ園芸の意義-地域社会への影響に注目して-」では、各地でまちづくりとして行われる緑化事業の特色を「まちなみ園芸」という概念で整理して様々に分類。また、作り手や鑑賞者が園芸に向ける「まなざし」の分析を通し、園芸が地域住民の主体的なまちづくりに転化してゆく波及プロセスについて、「京島路地園芸術祭」を事例に挙げて考察しました。いっぽう、介川さんの研究「遊休不動産の転貸とリノベーションを核にしたまちづくり事業の可能性に関する研究〜松戸の(株)まちづクリエイティブと谷中の(特)たいとう歴史都市研究会の事例を通して」では、少子高齢化に伴う都市部での空き家の増加とその活用といった、向島地域にもつながるテーマを取り扱ったもの。介川さんは、今後1年かけて修論に取りかかるということなので、正規の不動産屋では出来ない中間支援団体や個人の演じる役割について、引き続きじっくりと掘り下げ、来年のスタディーズで改めてご報告いただきたいと思います。

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竹淵翔太 発表

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介川亜紀 発表

最後のプログラム、第3部「交流サロン」では「向島を楽しむ!?」と題して、京島でBUNKANというカフェを運営する後藤大輝さん、すみだ青空市ヤッチャバ代表の松浦伸也さん、お二人をゲストにお招きして、それぞれの活動についてお話を伺った後、会場を交えて意見交換を行いました。

京島のキラキラ商店街を明治通りに出てすぐ左、空き店舗をリノベーションして、日替わり店長のシステムなどユニークな運営形態を取るカフェBUNKANは、今やすっかり地元の人気店として定着しています。このカフェを運営する後藤さんは、向島に拠点を移して7年、今やこのまちが第二のふるさとになったそうです。そしてBUNKAN運営の傍ら、「もぐりの不動産屋さん」として、周辺の空き家や空き店舗を仲間たちと次々に改修しては友人・知人に紹介、現在は直営の物件が7軒、口コミで紹介した物件は30軒、そして移住した人は通算50名ほどに上るというので驚きです。映像作家でもある後藤さんは、身の回りで起きていることについて「現実になる映画」、そして遠い将来のイメージについて「神話の現実化」という、ちょっと洒落た言葉で語ってくれました。最近は、プロジェクトを誘致する「プロジェクト・イン・レジデンス」という企画も向島で構想中ということです。

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交流サロン 松浦さんと後藤さん

一目見たら忘れない(?)140キロの豊かな体躯の持ち主・松浦伸也さんは、毎週末に曳舟駅の再開発された集合住宅イーストコア前の広場で、すみだ青空市ヤッチャバを開催していることで良く知られています。大学で農業を学んだ松浦さん。向島で最初に住んだのは後藤さんに紹介された古民家だったそう。ヤッチャバの活動を始めたのは、3.11で流通が止まった時、向島の高齢者の中に食べ物に困った人がいたのを知ったのがきっかけでした。たとえ交通が回復しても、大きなマーケットの流通が元に戻るまで時間がかかる。ならば普段から産地と消費者がお互いに直接顔の見える関係をつくっておけば、もしもの時のセーフティーネットになるはず。「あのおばあちゃんが困っていると思って、産地の人はきっと来てくれるはずです」と語る松浦さん。人と人の直接の関わりを大切にする松浦さんは、ヤッチャバの活動の障害にならないよう、徐々に事務局の規模を小さくして、やがては古い市のように、旗ふり役がいなくても自然に続いて行く仕組みになればと考えています。そしてヤッチャバの活動の傍らシェアハウスを運営したり、自分の周りに集まって来た若いひと達の働く場をつくるため、会社を立ち上げて農産物の加工などの仕事も始めたそうです。

後半の会場との意見交換では、向島のご近所付き合いなどについて、いろいろなお話で盛り上がりました。お二人とも夢のあるビジョンを抱きつつ、少しも浮ついたところの無い、しっかりと地に足のついた活動をされているのに共感を覚えました。そしてお話の最後で、「きれいごとかもしれませんが」と断りながら「1000年続く幸せなまちを目指したい」と話した、松浦さんの人なつこくて明るい笑顔がとても印象的でした。

交流サロン 松浦さんと後藤さん
交流サロン 松浦さんと後藤さん

さて、当日の模様を駆け足でリポートしましたが、これ以外にも、向島学会の山本俊哉から、4月26日開催予定の「ジェーンズ・ウォーク」の発表、事務局長の藤賀雅人から、準備中の向島学会のウェブサイトのリニューアルなどについても報告がありました。

次回の交流サロンの開催時期はまだ未定ですが、来年度は3回ほど開催したいと考えています。どうぞご期待ください。